02
それでオレのところに来たの、とクロロは言った。そう、と頷くと、ふうんと面白くなさそうな顔をした。ぴりっと心が跳ねる。それを見透かしたように、クロロは怒るなよ、と笑いながら言う。ここも出て行こうかと思ったけれど、目の前に置かれた上等なチョコレートがそれを阻む。クロロはヒソカと違って頭を撫でたりはしないで、いつもチョコレートやらケーキやらを出してくれる。盗賊の頭というだけあって、どれもこれも一等品ばかりだ。だからオレは何かあるとついついクロロのところへも行ってしまう。だって、ぐちゃぐちゃしたときに美味しいものを食べると少し気が紛れる。クロロも優しいし。
最初はクロロの方が好きだった。ヒソカと違ってあれこれ聞いてこないから。お互い好き勝手にやりたいようにやって、だけど近くにいるという距離感はするりと心のうちに入ってきて、気がついたら当たり前にクロロはオレのなかにいた。それに物知りなのもヒソカの質問攻撃対策に役に立った。いい相談相手っていうのかな、きっとそうなんだろうな。キルが出て行った後、オレも少しずつ変わっていったように思う。決定的だったのは、ヒソカとクロロが戦ったことだ。今は二人とも生きている。生きているけど、あのときは。あのあとは。あんまり思い出したくないぐらいで、オレはそれが不思議だった。だってオレは誰がどうなろうとどうでもいいはずの人間だったから。そうじゃない、と気付いたのがその時だった。
クロロは美味しいお菓子を用意してくれて話を聞いてくれる相談相手で、ヒソカは、ヒソカ、は。考えていたら自然に眉間に皺ができたのだろう。どうしたんだ、とクロロが聞いてくる。オレはなんでもないと応えた。ふうん、とまた面白くなさそうな顔。ますます眉間に皺が寄る。クロロは溜め息を吐いた。素直なイルミはあんまり可愛くないぞ、と言われる。素直じゃない、って。なに、と声に出す前にクロロが話したいことがあるんだろう、と言った。話したいことなんて、さっき全部喋った。でも問題は一つも解決してないじゃないか、とクロロは言う。仕事の後の違和感、ヒソカのこと。的確に指摘してくるクロロは楽しげだった。もうこれ以上ないぐらい眉間の皺が深くなって、クロロは遂に笑った。そしてその白くて長い指でぐいぐいと眉間を伸ばす。顔を顰めても、跡がついたらもったいないとクロロは言ってやめなかった。
わかったから、と身体から力を抜く。クロロの冷たい指はそれで離れていった。紅茶を一口、二口飲んでから、ヒソカのことはどうでもいいと言う。クロロはそれについて特に追求するでもなく、そうかと言った。けど、と続ける。仕事のことは、気になる。そうか、とまたクロロは言った。そうすれば、あとはクロロの質問に一つずつ答えていくだけだ。今日の仕事は、どんな仕事だったのかと聞かれた。ええと、と思い出すと胸がきゅうと苦しくなる。今日の仕事は、少し名のある資産家を殺すことだった。オレンジ色の晩餐が終わって各々がおやすみのキスをして夢の世界に入り込んだ頃、その中心にいた男を殺す。子どもも、息子の方は殺した。そういう仕事だった。その前の仕事は、と聞かれる。それは簡単に説明ができた。麻薬の密売を行っているマフィアのボスを殺す、それだけだった。その仕事の後は。尋ねるクロロに、いつも通りだったよ、と返す。それじゃ、と質問は続いた。
結局、オレは所謂あたたかな家族を対象とした殺しに相当なストレスを感じるのではないか、というのがクロロの見解だった。ふうん、とオレは言った。それしか言えなかった。実感なんてなかった。クロロもそうだろう。クロロはオレより世情に詳しいけれど、それは文字通り詳しいというだけだ。普通の人だったらこう考えるということを、文字を通して知っているだけ。オレはそれをクロロに教えてもらう。けれど、クロロと同じくそれに共感することは稀だ。せいぜい、美味しいチョコレートを食べたときぐらい。でも、今回のことはそれに当たるらしい。そっか、と口が勝手に呟いた。
そういうときに頼るのはヒソカなんだな、とクロロがヒソカの名前を出したので、オレはまた眉間に皺を寄せた。クロロは寂しそうな顔をしていて、オレは不思議に思った。どうしたの、と聞くより早くクロロはポットを手に取って席を立った。
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