02

「オレ、もうゴンと一緒にいられない」
面と向かって言うことはできなかった、オレは床のささくれをじっと見つめていた。決めてから、言い出すまでに一週間かかった。オレはあの家を出たときに、おふくろとミルキを刺した。それは親父でもイル兄でもなかった。人形の核をなすものからは目を逸らして、ただ衝動の侭に外に出たのだ。今度も、似たようなものだった。どうしようという葛藤と、それからピトーを前にしたときのあの一言が生んだオレたちの歪な関係の中で、オレは耐えきれずにそれを言ったのだ。それでも、やっぱりゴンは見れなかった。ゴンは息をのんで、それからゆるゆると吐き出した。そう、と掠れた声で言った。大切な人を失うことに慣れていないゴンは、今辛いのかなと遠いところで思った。辛いといいな、とひどいことも思った。
「でも、ゴンを嫌いになったわけじゃない」
だから、嫌わないで。諦めないで、オレを。身勝手で惨めでなにより拒絶が恐ろしくて拳を強く握りしめた。少しの沈黙。それから鉄の匂い。馬鹿みたいに力が強くて、痛みに鈍いオレの拳からは血が滴り落ちていた。胸を切り裂いて心のうちを全て見せることはできないけれど、せめてこの血から少しでもオレの気持ちが伝わればいいと願った。少しだけ、それは通じたらしい。
「なら、どうして」
「………、ゴンとずっと一緒にいたいんだ、オレ」
「じゃあ、一緒にいればいいじゃない」
どうしてそれじゃダメなの、と悲痛にも聞こえる声は、あのときの一言をゴンがどれだけ後悔しているか教えてくれた。だけど、しかたない。しかたないんだ。そうやって疎外されても、オレはゴンを諦めたくないから。だから、そのために。
「ゴンは…、オレのこと、きっといつかどうでもよくなる」
「………ならないよ」
声は弱々しかった。それが悲しかった。やっぱり、と思って、でも負けちゃいけないと、大好きな真っ直ぐ前を見ているあの強い瞳を思い出した。
「オレのこと邪険にして、オレなんて関係ないって言って、先に行っちまうんだ」
「………」
ゴンは何も言わなかった。オレもどう続けたらいいかわからなくて、黙った。重い沈黙のなかで、ふと、レオリオが語ってくれたことを思い出した。ハンター試験の後、オレを追いかけてきてくれたゴンのこと。友達だからって、当たり前にオレの所へ行くって言ったゴン。オレは何も言わずに居なくなったのに。そうことなんだと思ったら、少し肩の力が抜けた。どう言葉にしたらいいか、わかったから。やっぱりお前、ハンターの素質あるよ。あの、凄いハンターだって言われるジンの息子なんだよ。今なら、笑うことだってできそうだ。
「オレも、そうしたよな。最初のハンター試験のとき」
ゴンは少し考えるような顔をした。まあ、確かにオレは関係ないから、なんて言わなかったけど。似たようなもんだろ。似たようなもんだって思わせてくれよ。
「でも、ゴンはオレんちまで来てくれた。オレさ、すっげー嬉しかった。もう会えないだろうなって思ってたし、それでいいと思ってたんだけど、でも、嬉しかった。…ゴンはさ、オレのこと…どうでもよくなると思うんだ。だけど、オレがいないよりいたら、嬉しい、だろ?」
「………うん」
「そういうときさ、お前がオレのことどうでもいいって思ってるとき…、オレ、お前のこと追っかけて捕まえたいよ。お前がジンを追っかけてるみたいに」
ゴンは静かに聞いていた。今度は、オレの言葉がするすると入っていってるみたいだった。空気がちょっとだけやわらぐ。
「お前とはちょっと違って追っかけるだけじゃないけどさ。オレは、そういうお前捕まえて一緒にいたい。…関係ないことなんて、ないって言いたい。でもさ、オレ言えなかったじゃん。あのとき」
「………」
「だから、言えるようになりたい。オレの、やりたいこと、だ」
「…それは、オレと一緒じゃ、ダメなの」
「うん、たぶん」
だから一緒にいられない、と小さく言うと、ゴンはしばらく黙ってからオレはジンの息子なんだね、と言った。おかしくて、小さく笑ってから当たり前だろって返した。それから、お前も捕まえてほしくないとか言うのか?と冗談混じりに聞いた。ほとんど、勢いで。言ってから後悔したけど、もう遅かった。
「………、わからない」
目の前が真っ暗になった。泣く、と思った。だけど、同時にゴンらしいと思った。そっか、となんとか声を絞り出した。お前は本当に、ジンの息子だよ。ジンと会ったことないけど。そう思う以外に何が出来ただろう。

ちょっとしてから、ゴンはぽつりと呟いた。ちょっとだけ、お別れなんだね、と。
「うん。親父探し、付き合えなくなっちまってごめんな」
「いいよ。やりたいことみつかるまで、って約束だったもの」
ようやくゴンと視線があった。ほっとして、そのまま勝手に口が動いた。
「…、裏切りに…」
「裏切り?」
親父の言葉が頭をよぎったのだと気付いた。仲間を裏切るな。ゴンの約束に最後まで付き合えないこれは、裏切りになるのだろうか。
「オレはゴンを裏切ることになるのかな」
「どうして?また会うんでしょ?」
「…、そっか」
それでも不安が拭えない。オレはちゃんとゴンに会えるだろうか。ゴンとオレは、離れていても仲間のままでいられるだろうか。レオリオやクラピカとは違う。必要があれば二人とは会うだろうけれど、ゴンとは人間になるまで会わないつもりだと決意している自分にそのとき気付いた。それなのに、それは仲間といえるのだろうか。不安な気持ちがそのまま顔に出ていたらしい。ゴンは、言った。
「オレ、携帯変えない。番号も、メールも。絶対、変えない。だからキルアも変えないで。いつでも、連絡したくなったら、…連絡できるようになったら、して」
「…うん。わかった。ゴンも、そうしろよ。連絡したくなったら…、どうしても連絡したくなったら、する必要が出来たら、しろよ」
「うん」
ゴンはオレと離れたくないと言ったけれど、それ以上にオレの決意を尊重してくれるだろうから、そう言えた。やっとすっきりできて、オレは握っていた拳をひらいた。ぴちゃん、と大きく水滴が落ちてゴンがはっとした。キルア、手!と騒ぐ。その様子は蟻たちと戦う前の森でカイトと会った頃のようで、オレは久しぶりに心の底から笑った。

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