イチゴタルト01
携帯のバイブ音が鳴って、パソコンに向かっていたキルアはマウスを動かしていた手を止め、ソファに座っていたゴンは雑誌から顔をあげた。そのままゴンは雑誌を読むことを放棄する。異常な聴力は、その振動パターンがキルアの携帯のものだときちんと教えてくれたのだが、雑誌は元々キルアが読んでいたものだから読んでみようという好奇心で手を出したものだったから、文字を追っていても一向に頭に入ってこなかったのだ。相変わらずキルアは世情に詳しくて、またこの三年でそれを積極的に取り入れるようになったらしい。ネテロの元で東奔西走していたことを考えれば当然なのだろう。一方ゴンといえばただ一人ジンを追い、たまに自分で出来そうな範囲の仕事を請け負うばかりだったから三年前よりは詳しいとはいえ、キルアと比べれば、ほとんど無知と等しかった。それで彼が読んでいる雑誌を手に取ってみたのだが、案の定というのだろう、ちっとも興味がわかなかった。
キルアが携帯を探す姿を目で追う。わけのわからない言葉が羅列してある雑誌より、よっぽど楽しいとゴンは思う。三年ぶりの再会を果たして、その勢いで告白もして、両想いだとわかったその日から三ヶ月、ずっと一緒に入る。けれど、三年前と同じように、いやそれ以上に楽しく満ち足りた生活だった。三年前と同じところを見つけては喜び、違うところを見つけてはまた好きになった。こっそり、それはキルアも同じだろうとゴンは思っている。
「え」
目当ての最新式の真っ黒な携帯を手にしてすぐ、キルアは驚きの声を上げた。猫のような目が大きく見開かれて、それから瞬きを一つした。表情に怯えが混じる。らしくない様子に、どうしたの、と声をかけると、キルアは、少ししてからああと返事にならない返事を返してきた。
「キルア?」
「…、あ、えっと、イル兄からメールがきた…」
兄貴ではなくてイル兄と言うキルア。あまりに驚きが大きくて、、うまく頭が働いていないのだろう。それはゴンもそうだった。自然と身体が強ばる。
「…イルミ?」
辛うじてそれだけ言うと、うん、と呆然としたままのいらえが返る。
「明日、会いたいって。一時にヒューム通りにあるラ・クチーナで…イチゴタルトが美味しいって…」
メールの本文を読み上げていたキルアが、ふっと肩の力を抜いた。その顔からは一瞬前まであった怯えがきれいに消え、代わりに不思議そうな顔になった。ゴンも、つられて緊張を解く。そして、思わず尋ねた。
「イチゴタルト?」
「うん。お前も来ていいって。なんだろ?」
一転、至って普通の様子で首を傾げるキルアに、ゴンはなんだか置いてきぼりをくらった気分になる。さっきの緊張はなんだったのだろう。ねえ、と声をかけた。
「ん?」
キルアは視線をくれて続きを促すが、どう言葉を続けていいかわからない。
「イルミって…あの、イルミだよね?」
「ああ」
「…危なくないの?」
考えてから、そう口にした。イチゴタルトとあの能面みたいなイルミの関連性も気になったが、こちらの方が大事だろう。ただ、キルアには危険を感じている様子が微塵もなかったから、尋ねる声音も少し間抜けたものになった。キルアの方が危険を察知する能力に長けているので、キルアが安全だと判断したものに対してはどうしても警戒が甘くなる。稀にある勘としかいいようのないものを感じれば、また話も違うのだが。
「んー、多分…、かなりの確率で問題ない。オレ、親父から出て行っていいって言われてるから、戻ってこいっていうならそういう風に言うだろうし、殺すんだったらこんなまどろっこしいことしないし」
兄貴は、サクッとやるの方が好きなんだ、と言うキルアは何処からどう見てもいつも通りで、ゴンは持ち前の素直さでそれに納得した。
「でも、じゃあなんなんだろうね」
「さあな。まあ、でも危なくはないだろ。ゴンどうする?」
「行くよ」
即答だった。キルアがまた驚いた顔をする。だから、どうしたの、とまた聞いた。
「ゴン、兄貴いやじゃないわけ?」
「いや?………あ、そっか」
ハンター試験のときのことを思い出して、ゴンはそういえばそうだねと少し考えてみる。そしてふと、気付いた。
「キルアこそ、いやじゃないの?」
「あー…、でも、なんにもしてこないってわかってるし」
イチゴタルト興味あるし、とぶつぶつというキルアは言われて初めてそれに気付いたらしい。そっぽを向く変わらない癖。それを見て、ゴンは確信した。
「多分、オレはキルアがいやがってないからいやじゃないんだよ」
少し心配だけどね、というのは隠して言えば、キルアはゴンを見ないままふうんと言って、またパソコンの前に戻ってしまった。
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