04
この場所を決めたのはレオリオかな、とゴンは思った。ただ通りを歩いているだけでも目をひくようなお洒落なカフェ。店内もそれを裏切ることなく、自分みたいなまだ子どもが居ていいのだろうか考え始めるとむずむずとした気持ちになった。店内に足を踏み入れて、オレンジジュースを注文するまではなんでもなかったのに、こうして目の前にオレンジジュースが運ばれてきてただ相手を待つだけとなるといろいろと考えてしまう。いや、考えずにはいられないという方が正しかった。相手と、キルアと会ったら何を話そう。どうすればいのだろう。いや、そもそも来てくれるのだろうか。考え始めると真っ暗な迷路に入り込んでしまったようになる。
そういうのは苦手で、気付くとゴンは全く違うことを考えていた。テーブルの上には小さくて透明なボウルみたいな花瓶があって、そこに一輪白い花が飾られていた。キルアみたいだ、と思う。ゴンの中で白はキルアの色だった。人はキルアのことを闇に生きてきた人間だという。だとすれば彼のイメージは黒なのはずなのに、ゴンはそんなことを思ったことは一度もない。髪が白いからかな、肌が白っぽいからかな。違うことは知っていた。キルアが一度もそんな暗い目でゴンを見なかったからだ。最後の、最後までキルアは自分が好きだと言って別れた。そうだ。だから大丈夫だ。
一度そうと決めてしまうと、ゴンは決して揺るがなかった。だから今度は暇つぶしにあれこれ考えてみる。キルアはどうなっているだろう、背は伸びたのかな、オレとどっちが高いかな、オレの方が小さかったら悔しいな。結局考えるのはキルアのことばかりだ。この一週間ずっとゴンはそうだった。他のものが一切目に入らなくなってしまった。
「…、なにしてんだよ」
「キルア」
声は自然に出ていた。それは当たり前で、何か一つのものに夢中になっているゴンへ、猫のようにいや猫以上に長年の習性で戦うものとして至極普通に足音も気配も消したキルアが声をかける、それにゴンは驚かない、三年前の日常となんら変わらなかった。
「花がね、キルアみたいだと思って」
「…なんだそれ」
だからゴンは思ったままを口にした。キルアはそれに不審ともとれるような不思議そうないらえを返す。本当に、二人の間にあるものは何一つ変わっていなかった。それにゴンは気付いて、むくむくと嬉しくなる。
「キルアだ」
「…他になんだよ」
キルアも同じ気持ちだった。立ったままそっぽを向く。頬はきっとうっすら赤くなっているだろう。相手が他でもない、ゴンだから。
三年間は、キルアの目的を果たすのに十分な時間だった。人形から人間へ。どうしたらいいかわからなかったキルアをサポートしてくれたのはネテロだった。彼の飄々としながらも、的確な指示を受けて毎日を過ごすうちに、頼れる仲間も本音をぶつけられる友達もできた。喪失も味わった。慣れ親しんだ死という意味ではなく、喧嘩別れというやつだった。とても辛くて苦しくて、けれどそれも消化できるようになった。
気がつけばもう人形ではないと、はっきりと自覚できるようになっていた。それでもゴンに会う気は起きなかった。自分でも気付かないほど自然に逃げていた。一日だって、忘れたことはなかったというのに。
一週間前急にレオリオとクラピカに呼び出されて、キルアはようやくその矛盾に気付いた。正確には、ゴンに会わないのか、と尋ねられて気付いたのだ。どうして。どうして自分はゴンに会わないのだろう。別れたときはあれほど辛くて悲しくて一日でも早く彼の側にいられるようになりたいと思ったのに。
二人にはそのことを話してあった。三年の間、ゴンに会えない代わりに随分キルアは二人に世話になった。キルアにとって、すっかり親友という部類にカテゴライズされた二人は静かにキルアの応えを待っていてくれた。そうしてようようキルアが絞り出したのは、またゴンに関係ないって言われたら怖い、とその一言だった。言葉にして、我ながら呆れてしまいそうだった。それが目的だったのに、一瞬前までは確かに人形ではなくなったと思っていたのに、それはすべてまやかしだったのかと深い絶望に襲われた。
俯いてしまったキルアに、クラピカは穏やかな口調で、そうしたら食い下がればいいだろう、と言った。一年半前にレオリオと喧嘩したときのように。クラピカの声は不思議だ。するりと心のうちに入ってきて、荒れ狂うそれを凪いだものにしてくれる。そうだけど、とキルアは応えた。そうだ、確かにそうなんだ。だけど、ゴンが相手だとそんなことできないような気がする。どうして。レオリオには出来たのに。初めての友達だから?失うのが怖いから?いや、レオリオのときだってそうだった。怖かった。食い下がって、食い下がってそれでも捨てられてしまったら。恐怖と戦いながらそれでも感情のままに振る舞ってお互い歩み寄ることができた。だからゴンにだって同じようにすればいい。レオリオとできたのだから、それ以上に大切にしているゴンとできないわけがない。
ああ、そうだ。大切、なんだ。特別なんだ、とぽつりと呟くキルアにクラピカはそうかと応えた。あたたかい声音だった。大切で、特別で、だからこそ恐ろしいのだな。子どもに聞かせるような声にキルアはただ頷く。
クラピカはゆっくりと続けた。私にもそういう相手がいる。たった、ひとり、この世でひとりだけ。声音につられるように、キルアは顔をあげた。クラピカは滅多に見せない顔をしていた。穏やかで優しくてなにより幸せそうな、ああ。キルアとクラピカの二人だけのときに、クラピカがレオリオについて語るときの顔だと気付いた。惚けたようにその顔を見つめて、それからひとつゆっくりと瞬きをしたときに、キルアの中で一つの答えがあった。この三年間で仲間ができた、友達ができた、親友と呼べる人間も。だけど、だけど、恋人は。恋しいと愛しいと想う人は。
途端、茹で蛸のように真っ赤になった顔にレオリオは小さく吹き出した。腹が立って睨めば、あまりそうとは思っていないだろう顔で悪いなと返される。
そうして、唐突に日時と場所を指定された。捕まえてこい、という顔は有無を言わさなくて、しかも混乱しているうちに家から放り出されてしまった。
「キルア」
「…なに」
ゴンが呼びかけても、キルアはそっぽを向いたままだった。白い肌も銀色のやわらかそうな髪も変わらないままで、それからなによりキルアが目の前にいるということがゴンの気持ちを高ぶらせた。けれど、まだ足りない。そう思う。あのサファイアみたいな綺麗な瞳が見たいと思った。
「………、こっち、むいて」
キルアは逡巡した。さっきより顔が赤くなっているだろうし、ゴンの顔を見るのが怖かった。けれど、それ以上に久しぶりのゴンを、なにより自分の気持ちを自覚してから会いたくて会いたくてたまらなくなってしまったゴンを正面から見たかった。その誘惑に抗えなくて、結局ゴンの方を見た。
キルアの青い瞳が、ゴンの黒い瞳とぶつかる。
それを見た瞬間に、ゴンはすべての思考と行動を放棄した。放棄せざるを得なかった。ただ、どうしようもない本能に従って笑った。抱きついた。
常人ならざるキルアの目はそのすべてを見ていた。けれど、なにも出来なかった。三年前とは違う、けれど基本のパーツは変わらない顔が笑顔をつくった瞬間にキルアはもう何がどうなってもいいと思った。
派手な音を立ててテーブルが倒れ、オレンジジュースが飛び散った。
静かだった店が騒然となるのを遠くに感じながら、ゴンはキルアの耳元で囁いた。ありきたりな、告白だった。けれどキルアにはそれで十分で、十分すぎるほどで、言葉にならなくて抱きしめ返した。
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