水
三橋君は、練習後の阿部君にお水を渡してあげようと思いました。
(あ、あべくん、に、これ、を)
マネージャーのちよから貰った冷たいペットボトルを握り締めて、三橋は阿部を見た。防具を外し始めた彼。
(で、でも、い、ま、いそが、しそ…う)
だから、後の方がいいかな。いいよね。ぎゅっと冷たすぎるペットボトルを握り締める。
(阿部君が、防具を外したら、にしよう)
よし、と意気込んで手先が冷えるのも構わずペットボトルを強く握った。
じっと防具を外す阿部を見る。最後に残ったレッグガードに手をかけたところで、彼は花井に声をかけられた。
(あ…)
あとちょっと、と思っていた三橋はまた慌てる。どうしよう。でも、話してるとこは、悪いよね。
花井はキャプテンだ。そっちの用事の方が大事だろうから、それが終わったら、と三橋はまたペットボトルを強く握りなおす。冷たすぎるペットボトルは、冷たいペットボトルになっていた。
(あ、あ…)
レッグガードを外し終えたところで、阿部は花井とともにどこかへ行ってしまった。どうしよう、と三橋はぱにっくになる。追いかけるべきか、否か。
(で、でも…、追いかける、の…へん、だよ、ね)
まるでストーカーみたいだ、と三橋は思う。だけど、ペットボトル…と手の中で汗をかいたペットボトルを見た。どうしよう。
悩んでいるだけでは、足は動かなくて、結局暫くして阿部が戻ってくるまで三橋はそこから動けなかった。
「おい、三橋」
「わっ…!」
突然かけられた声に驚いて、もう冷たくないペットボトルから視線を上げれば、少し眉のあがった阿部がいた。
「あ、阿部くん…」
何してんだ、と呆れたように彼は尋ねる。
「あ、あの、これ…」
マネージャーさんから、とペットボトルを彼に差し出す。
(渡せた…)
渡された阿部は、その温度に一瞬嫌な顔になる。ぬるい。
けれども、任務を全うしたことに安堵する三橋の顔を見て、すぐに表情を切り替えた。
ったく!と誰にだかわからない文句を心の中で思いっきり叫んで、有難うと三橋に声をかけ蓋に手をかけた。くるりくるりと回して、もう冷たくない、ぬるく不味くなった水を思いっきり口に含んだ。
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