SSlog03

藤の花の下、美しさに誘われてふらりふらりと足をむけた先には、

…ほんまもんの藤の花がおった。

「うん、なんやそんな感じ」
納得して市丸が呟くと、その声に気づいたのだろう藤の花がそちらのほうを向いた。その花は、市丸の姿を見ると少し驚いたように目を見張って、それから花らしい笑みを浮べる。
「初めまして、市丸隊長」
「はじめまして」
にっと笑う。悪戯心が頭をもたげた意地の悪い笑みで、おまけに霊圧を少々をつけておいた。副官じゃないことは知っていたけれど。こんなにも容易く声をかけてくるのだから、しょうがない。悪戯心が働かないわけがないのだ。
しかし花は動じない。うつくしく微笑んでいるだけだ。
おや、と思い霊圧を少し強くする。
それでも変らない。
「君、何処の子?」
「十一番隊の五席の位を賜っております」
五席、と市丸は口の中で転がした。そうして自分の隊の同じ席官のものを思い浮かべた。
「…五席ィ?」
思わずせっかく作った笑みを崩してしまう。
おかしい、自分は気づかないうちに鈍ってしまったのだろうか。大分力をかけたつもりなのに。
「十一番隊は、強い隊ですから」
そんな市丸の心を汲んだのだろう。いっそう笑みを深くする、花。
「…ふん」
おもしろない、と溜め息をついて霊圧をひっこめた。
「じぶん、名前なんていうの」
「綾瀬川弓親です」
「綺麗な名前やねぇ」
「有難うございます」
ゆみちか、ゆみちか…どんな字を書くのだろう。今度、嫌がらせてがらに剣八に聞いてみよう。
そんなことをつらつらと考えていると、藤の花…もとい弓親が声をかけた。
「なぁに」
それにしても随分ふてぶてしい。普通、五席がこうも簡単に他の隊の隊長に声をかけられるだろうか。
「副隊長はお元気ですか?」
「…イズルと知り合いなん?」
「ええ、以前、阿散井副隊長が十一番隊にいらっしゃったときによく遊びにいらしていたので」
懐かしそうに笑うその様子は何処かつかみ所がない―…人のことをいえたクチではないが。
「元気やで。元気も元気で、毎日仕事に精ぇだしとるわ」
「書類仕事、優秀でしょう?」
この自慢げな様子。しかも、多分イズルが市丸のお気に入りと知った上でのことだ。
市丸の頭の中をどんなに探しまわってみたって、こんな生意気な花のことなど何処にもありはしない。そんなこと言うまでもない。弓親は他の隊の人間だ。
…なんなの。こんな五席がおってええんかい。
ぶすっとした顔そのままで返事をせずに黙りこくる。…わかっていたが、花は少しも動じやしなかった。それどころか、ふふふっと笑う。
「お拗ねにならないで下さい。あの方の優秀さは、すべて隊長のためなんですから」
「そんなん知っとるわ」
今更言うまでもないねん、と苛立つ声で応えた。
大体、お拗ねにならないで下さい、ってなんやの!
それでもどうこうしてやろうという気が起きないのは、それが花だからであろう。
罪なく笑うことを最も得意とする、花だから。
「あの方が、貴隊の副隊長に命ぜられる少し前、わたくしの所にいらしたんです」
「へーぇ」
「阿散井副隊長…そのときは、十一番隊の六席でしたけれど、わたくしの仕事ぶりをあの方に仰ったらしくて」
「ふぅん?」
「阿散井副隊長が十一番隊にいらっしゃるまで、わたくしが十一番隊の書類を全てさばいていたのは本当ですか、とお聞きにこられました」
「そらまた」
ほんまなら、ただの五席であるわけないわなぁ。
なるほど納得、と市丸は白旗を揚げた。
十一番隊といえば、そのお得意の戦闘行為で破壊された建物の修理だとか死傷した隊員の代わりがどうとかで十三番隊の中でも一ニを争うほど書類仕事が多い。
…そういえば、そのくせ一度も総隊長につつかれたところを見ない。
「隊長も含め、隊員には戦闘に専念していただきたいですから…わたくしがこの隊に配属されてからは本当ですよ、と申し上げました」
にっこりと笑うその笑顔が、ほんの少し怖く見えた。
書類をさばくといっても、一人でどうこうなるものではない。決して。まして彼は隊長ではないのだから隊長印が必要なものはどうにもならないはずだ。
それを一体どうしているのだろう、と少し興味を持ったが大人しく黙っていた。
「そうしましたら、あの方はそれではそのコツを教えて下さい、と…これから仕える方のお力になりたいんです、と」
申されたんですよ、と笑う顔は今日一番の愛らしさだった。
「でも、どうやら少々お力になりすぎたようですね」
ご評判を拝聴しておりますと、と少々意地悪く笑う。確かに、勤務中にも関らずあちらこちらへと出かけるのは今の副隊長が任に就いてからだ。あまりにも彼が優秀なので。
少し眉間に皺がよったのだろう。弓親がくすくすと笑う。
ころころと表情が変るその様に、僅かに残っていた毒気もすっかり抜けてしまった。ああ、これだから花はタチが悪い。
「ですから、その時には内緒にしていたことをお教えしようかと思いまして」
「…何」
嫌な予感がしつつも訊き返す。
「手綱の、さばき方、です」
ああ、やっぱり…と脱力する。目の前の上機嫌な花は楽しげに笑うばかりだ。
「おや、少しお話がすぎてしまったようですね。お引止めして申し訳ありませんでした」
イズルほどではない深さで、イズル以上の美しさの礼をして花は市丸に背を向けた。
「…」
妖しげに楽しげに意地悪く。けれども終始美しく笑っていたその背を見送りながら、藤の花にトゲがあるなんて聞いたことないわァと呟く。
くわばらくわばら、と背中を丸めた。…もう手遅れかもしれないが。
(イズルに十一番隊には行くなァってきつーくゆうたら大丈夫やろか)
ううーん、無駄っぽいなぁと市丸は眉を寄せる。
(やっぱ、剣ちゃんに対策聞くほうがええかな)
うん、嫌がらせは止めてそうしよう。
(…あ、でも対策があらへんから十一番隊はジジイに怒られへんのや…)
あかん、八方塞がりや、どないしよー…。

そう思いながら、少しだけ、ほんの少しだけ、あの花にまた会うのもええなぁ、と市丸は思った。