ココア
最近僕の可愛いハニーは御機嫌斜めだ。
合同授業の時にパチン★と瞳から瞳へ愛コンタクトをしようとすれば、ぷいとそっぽを向かれるし、デートのお誘いをかければ煩いとまったく相手にしてくれない。
それだけだったら僕のことが嫌いになったのかなぁとか落ちこんじゃうんだけど、こっそりスリザリンのテーブルを盗み見ればハニーがぷりぷり両脇のボディーガードに当り散らしているのが見える。おまけに恋人になりたての頃には(出会った頃に比べれば)友好的だったロンに対する態度もまた嫌味と皮肉と冷笑に戻っている。だから多分、何が原因かはわからないけれど、彼はここ数日機嫌が悪いんだ。きっと。
僕といえば、ハニーとラブラブ両想いになれただけでなく、親友の説得にも成功したから毎日がウハウハ万々歳めくるめく幸せライフだというのに。
ふぅ、と僕は一つ溜息をつく。
まったくどうしちゃったんだろう。僕のハニー、ドラコ・マルフォイは。
「嫉妬よ」
本日のメインディッシュはサーモンのムニエル。ドラコの大好物。其の着け合わせに出されたブロッコリーをフォークで刺しながら学年一の英知は僕の相談に一言そう事も無げに答えてくれた。
「嫉妬?ドラコが?」
馬鹿馬鹿しいと何処か冷めたようなハーマイオニーに対して、僕は信じられないと確たる根拠を彼女に求める。
「だって貴方とロン、何時も一緒じゃない」
やんなっちゃう、と言う言葉を、彼女はブロッコリーと一緒に嚥下した。
「そうかな?」
親友がそんなことないけど、と言外に匂わせながら尋ねる。僕も其れに同意見だ。
「そうよ」
だが彼女は人参のグラッセを口に入れながら今にも溜息をつきそうな顔で答えた。
其の顔から、私だってハリーに嫉妬してるんだから、という声が聞こえたような気がして僕は考え込む。
僕のハニーと彼女との立場は似たものがある。両想いか片想いかの違いはあるけれど。
急に黙り込んでしまった僕に、案外果報者の親友は納得のいかないような視線を向けた。しかしすぐに諦めたように視線を外し、ハーマイオニーと来週提出の魔法薬学のレポートの話しをし始めた。
「やぁ」
「ッ!?」
結局、僕は其の夜スリザリン寮に忍び込むことにした。リスクが高いからあんまりやりたくなかったけれど、早くハニーを安心させたいし。
「は、ハリーッ!?」
高いリスク、其れは彼が怒って当分口をきいてくれなくなること。
何に対して怒るのかと言えば、其れは別に僕がスリザリンの彼の自室にお邪魔したことではない。
そうではなくて、彼が自室だからこそ見せる無防備な態度に僕がクラリときてルームメイトが居るのに手を出そうとすることに対してだ。僕は彼等にばれないように上手くやると言うのだが、彼は其れをまったく信じてくれない。・・・もうばれているんだから、別に今更どうってことないのに、と僕はいつも思う。
「こんばんは、ドラコ」
ヒラヒラとマントの隙間から手を振る。グラッブとゴイルはドラコの雷を避けて談話室に居るのを確認した上での行為だ。だが、このままだったらきっとドラコは僕を追い出しにかかるだろう。だからドラコが何かを言う前に、僕はもう一度口を開いた。
「散歩に行こうよ。今日は晴れてるから、月と星が凄く綺麗だよ」
今日は其れが目的というわけでもないのだが、二人で夜の散歩は好きだった。透明マントの中、二人の距離が近くなる。僕は其れがとても好きだ。いつもより彼が近くて、ドキドキする。決して其れは、フィルチに見つかったらどうしようのドキドキではない。
だが、ドラコは案の定というかウンと言ってくれない。それどころか帰れと言われてしまった。
「酷いな」
「煩い」
ぷいっとそっぽを向く彼の気持ちは、理解できなくも無い。それに彼のそんな態度はいつものことだ。
けれど人間というのは元来理性と感情は別な生物だと僕は常々思っている。別に頭と心は別でもいいけれど。
まぁとにかくそんなわけだから、理解できても納得できるわけじゃなくて。
彼のそっけない態度に、僕はカチンとくる。
しかしここで感情にまかせてサヨウナラ!とでも言えば、それこそ泥沼突入は必死なのでぐっと耐える。
「そんなこと言わないでよ。今日は君の好きな三日月だし、明日は休みだから明けの明星を一緒に見ようよ。温かい飲み物だって持ってきてるし・・・ね?」
ハニーデュークスの新作クッキーもあるんだよ、という僕にやはりドラコは冷たい態度。
「行かない」
僕の方を見ることさえしないドラコに、僕はまたカチンとくる。
何をそんなに意地になってるのさ!と怒鳴りたいのをまたまたぐっと抑えて僕はドラコをしつこく誘う。
「何時までもこうしてるわけにはいかないだろ?」
その内グラッブとゴイルだって戻ってくる。暗に匂わせれば、ドラコが僅かながらも反応を見せた。
しかし、すぐに冷淡な態度に戻る。
「君が今すぐ帰れば問題解決だ」
嗚呼もうホント冷たいねマイハニー。いつものことだと君も僕も知っているけれど僕が傷つかないわけじゃないんだよ?心の中で呟いて、僕は強引な手段に出ることにした。
ぐいっと彼の体を引いて、其のまま抱きしめる。
「一緒に居たいって我侭言わせてよ」
嘘偽りは一つも無いけれど、どこか情に訴えるようなこの作戦は、実を言うとあまり好きではない。何だか彼の意向を完全無視して、僕の都合だけで君を連れ出しているような気分になるから。
ドラコは僕の腕の中で頬を紅く染めている。ねぇ、と耳元でもう一度強請るように囁けば本日のデートは決定だ。しょうがない、と呟く彼の言葉は、きっと真実なんだろうと思ったら、ちくんと胸が痛んだ。
僕は結構見栄っ張り。ホントの僕は何時だって君の言葉をマジに取っちゃう純情ボーイ。ねぇ、君が嫌がっているのはホントに照れ隠し?あんまりにも冷淡な君、たまには素直にストレートに真実を教えてよ。
「綺麗でしょ?」
「まぁな」
温かいココアをドラコに渡す。満更でもないような顔で、ふぅふぅとココアに息を吹きかけるドラコを見て、僕は嬉しくなる。強引に誘ったデートでも、君はこうして喜んでくれる。二人で黙って夜空を見上げているだけの時間が、何より大切に思える。其れが嬉しい。
優しい気分のまま、僕は彼の負担にならないように軽く寄りかかって、今日一番言いたかった言葉を小さく呟いた。
「ドラコ、好きだよ」
「・・・」
彼は何も言わない。ふぅふぅとココアに息を吹きかけている。
「大好きだよ・・・ドラコだけが」
だからロンに嫉妬なんてしなくていいんだよ、と僕は思う。
ココアに息を吹きかける音が止んだ。
僕はドラコの言葉を待つ。
静かな世界は、ピンと張り詰めていた。
例えば君を僕が絶対に入れない場所で見る時。
僕が加わることの出来ない絆の中で楽しそうに笑っているのを感じる時。
手の届かないところへ行ってしまったと思う時。
僕の心に宿る、憎悪にも似た感情を君は知っているかい?
そしてまた、どうしようもないと諦めるしかないと悟った時の哀しさを知っているかい?
「君は・・・あいつ等が好きだろう」
もう暖を取れないココアを強く手の中に抱きながら、ドラコは呟いた。
あいつ等が誰のことなのか、僕にははっきりわからない。
もしかしたらロンやハーマイオニーのことかもしれないし、シェーマスやネビルのことかもしれない。
でも、其れが誰であれ僕はウンと頷くしかない。
「でも・・・あいつ等は・・・君とは違う好きだよ」
「・・・でも、好きだろ」
ウン、と僕はまた頷いた。
ドラコの視線は冷たくなったココアを見ていて、僕の其れとは絡まない。
「あいつ等もまた・・・君のことが好きだ」
遠目から見ていて、良くわかる。
「君は・・・君一人のものでもあるけど・・・あいつ等のものでもある」
「ドラコのものでもあるよ」
「あいつ等のものでもある」
繰り返すドラコに僕は何も言えなくなってしまった。ドラコはそんな僕に構わず、ぽつりぽつりと途切れながら言葉を紡ぐ。
「・・・君が・・・そうであることが・・・僕には・・・・・その、堪らなく・・・」
憎いことがある、とドラコは言葉尻がほとんど聞き取れないほど小さな声で恥ずかしそうに呟いた。
ウン、と僕は頷く。
僕もそうだよ、ドラコ。君が楽しそうにスリザリンのテーブルで夕食を取る度。スニッチをとった後、チームメイトに見せる笑顔を見る度。其の度に、どうしてドラコは僕一人のものじゃないんだろうと思う。
「でも・・・・・・そんな君が嫌いじゃない」
カップの端を口に着ける直前、まるで微風のような其れは、しかししっかりと僕の耳に届いた。
「・・・うん」
僕は喜びをかみ締めながら、うんともう一度頷いた。
じわりじわりと、そう、まるで暖かいココアを飲んだように身体が芯からあったまっていく。
「僕も、そうだよ」
寄りかかるのを止めて、冷めたココアを飲むドラコに抱きつく。
「こら、止めろっこぼれるっ」
うん、と頷きながら腕の力を強くした。
君は世界のものだよ。
君は君を取り巻く世界のものだ。
決して僕一人のものになんかならない。
君は皆に愛されてるから。君は皆を愛してるから。
決して僕一人のものになんかならない。
でも、僕はそんな君が好きなんだ。
どうしようもなく、好きなんだ。
だから、明日も少しの間世界とお別れして、一緒に暖かいココアを飲もう?
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